古代の謎・歴史ヒストリー

古代の謎・歴史ヒストリー

明治維新に渡米した5名の幼き女子留学生の動画を作る

明治維新期の明治4年11月12日(1871年12月23日)、横浜の港から岩倉使節団と一緒に米国に留学のため旅立った5人の幼き女子留学生がいました。 吉益亮子(17歳)、上田梯子(のちの桂川悌子、16歳)、山川捨松(のちの大山捨松、11歳)、...
岩倉使節団の謎

岩倉使節団の謎に挑む・・・の準備中

明治4年11月12日(1871年12月23日)のこと。岩倉使節団一行を乗せたアメリカの外輪船アメリカ号が横浜港から一路米国サンフランシスコを目指し出港しました。 この使節団の目的は、不平等条約の改定にあったようです。しかし、この使節団はとて...
古代の謎・歴史ヒストリー

昔の人たちが使っていた時間と空間を把握するための円盤

テレビを見ていると、「これってためになる知識だ」と感じることがありますが、残念ながらそれはすぐに忘れられてしまいます。 今日は、録画したテレビの番組にあったおもしろい話題をメモします。 2015年9月4日放送、TBSの『林先生が驚く初耳学!...
皇女和宮の謎

皇女和宮は達筆だったか

昔の人は皆さん字が上手です。字がうまいと教養がありそうに思われます。反対に、字が下手だと教養がないように思われてしまう。字のうまい人がうらやましい。 さて、和宮は、字がうまかったのでしょうか。 宮内庁書陵部に「静寛院宮御詠草」という和宮直筆...
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謎のオーパーツ!ピリ・レイスの地図

この記事は、「ネコ肉球4個分の幸せ」で書いたピリ・レイス関係の三本の記事を再構成し、新たな視点で書き直したものです。プロローグ: 謎のオーパーツ、ピリ・レイスの地図とは? ピリ・レイスの地図をご存じでしょうか。オスマントルコの海軍提督ピリ・...
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呪われた島 オーク・アイランドと財宝の謎

「オーク・アイランドの財宝伝説」をご存じでしょうか。  カナダの東海岸、ノバスコシア州チェスターにあるオーク・アイランド(オーク島、Oak Island)に隠されているとされる海賊の財宝伝説です。 日本人にはなじみのない島ですが、「赤毛のア...
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ダヴィンチの暗号:組み絵仮説、振り出しに戻る!

ダヴィンチの暗号について、これまでに二つの記事を書きました。これまでの記事最初の記事では、ダヴィンチが持ち続けた三枚の絵(『モナリザ』『聖アンナと聖母子』『洗礼者聖ヨハネ』)の配置を検討しました。このとき、『モナリザ』と『聖アンナと聖母子』...
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レオナルド・ダ・ヴィンチの組絵とその謎の解明

ルネッサンス期の巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチは、制作数が少ない寡作の芸術家として知られています。 そんなレオナルドが、生涯手元に置いた三枚の絵があります。『モナリザ』、『聖アンナと聖母子』と『洗礼者聖ヨハネ』の三枚です。 以前、『ダヴィンチ...
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ルバング島の財宝と小野田少尉

フィリピンの首都マニラの南西120kmに位置するルバング島(Lubang Island)(距離はGoogle Earthで計測)。マニラ湾の入り口に位置するこの島は、長さ30km、幅10kmの大きさで、4つの大きな島と数多くの小島からなるル...
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海賊の歌『デッドマンズ・チェスト』の謎

2006年7月22日公開の「パイレーツ・オブ・カリビアン」のシリーズ第2作が『パイレーツ・オブ・カリビアン、デッドマンズ・チェスト』というタイトルでした。原題はそのままの英語で、”Pirates of the Caribbean: Dead...
こだわってみる

ネット上に流れる「衝撃写真」や「不思議写真」の真実を確認する・・方法

ネット上には、たくさんの情報があふれています。その中でも注目を集めるのが「衝撃写真」や「不思議写真」でしょう。どう見てもフェイクにしか見えないけれど、出典も書かれていて本当らしい・・・。と思うような記事を何度も見たことがあると思います。同様...
古代の謎・歴史ヒストリー

海賊国家イギリスと徳川埋蔵金

中南米の歴史を調べていると、どろどろした人間の縮図を見ているようで嫌になることがあります。「何なの? この人たち!」という感じです。ところで、「生麦事件」をご存じでしょうか。Wikipediaには以下のように書かれています。『幕末の文久2年...
皇女和宮の謎

皇女和宮の写真の真偽を確認する

プロローグ皇女和宮の写真は、1枚しか存在しないとされています。その和宮の写真について、「Wikipedia」には次のように書かれています。『近年、和宮が降嫁に際し中山道を通って江戸へ向う途中、信州小坂家で休息した折、小坂家の写真師が撮影した...
皇女和宮の謎

皇女和宮が抱えていた湿板写真を復元したら驚きの結果に!

和宮のナゾの中で解明したい本当のナゾは、和宮の左手のナゾではなく、和宮が棺の中で抱えていた湿板写真に誰が写っていたのか、ということ。 この写真を「乾板」と書いている人もいますが、「湿板」が正しい。和宮の遺骸が抱えていた写真とは 1877年(...