ヒトラーが貨車を使って盗み出したウクライナの『土壌(チェルノーゼム)』の謎を追う

サイエンス・テクノロジー

 ヒトラーは、第二次世界大戦でロシアに侵攻する際、ウクライナから肥沃なチェルノーゼムという土壌を貨車で運び出した、という話しを以前、大学院の指導教官から聞いたことがありました。

 そのことは、ずっと忘れていたのですが、先日、『ナチスも目をつけた「土の皇帝」、ウクライナのチェルノーゼムが直面する危機』1) という記事が目にとまりました。

 記事では、確かにチェルノーゼムについて書かれているのですが、管理人の知りたいことは一言も書かれていません。書かれているのは、「ウクライナは、土壌の6割がその黒い土だ。第2次大戦中、侵攻してきたナチスが土を貨車で運び出そうとしたという逸話が残るほどで、土の肥沃さは折り紙つきだ。」のみ。

 管理人の関心は、この話は本当なのか。もし、本当だとしたら、運搬した目的は? そして、どこに運んだのか、ということです。

 結論を先に書くと、この話は本当のようです。「逸話」ではなく、「実話」です。

 チェルノーゼムをナチスが貨車で運び去った、という記事はネットで簡単に見つかります。しかし、その出典を書いているサイトは皆無です。

 このテーマで書かれている記事は、ほぼ全てが、ナチスの犯罪とホロコーストと関連づけた内容になっています。

 しかし、管理人の関心は、チェルノーゼムという世界で最も肥沃な土壌そのものにあります。

 (本記事は、途中段階でのアップになります。管理人が知りたいことを全て調べるのはほぼ不可能ではないかとうすうす感じています。資料が見つからないのです。)

ウズベキスタンで管理人が撮影した写真を黒い土に加工しました。

「土壌」は資源

 農作物の栽培に適した土壌は、地球規模で見ると、とても限られた地域に集中して存在しています。世界の穀倉地帯として有名な地域は、まさに、生産性の高い土壌が分布している地域です。

 この詳細を書いても多くの人は関心がないと思うので書きませんが、肥沃な土壌のある地域は、世界的に限られている、ということと、肥沃な土壌は世界の食糧を支える重要な資源だということを強調したいと思います。

 最新技術で水耕栽培できるなどと思い浮かべた方もいると思いますが、ハウスの中で生産できるのは、価格の高い野菜や果樹だけで、主食となる穀物は広大な農地を必要とします。どんなに技術が進歩しても、穀物を生産するには広大な農地が必要なのです。

 日本の黒ボク土はチェルノーゼムに似ていますが、気候が違います。日本は多雨のため、土壌の塩基分(カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)などのアルカリ分)が流亡しやすく、さらに、これが土壌の酸性化を引き起こします。さらに、日本は火山国なので、日本の土壌は火山灰に由来しています。このため、酸性の土壌がほとんどです。土壌が酸性化すると、リン酸が植物に吸収され難くなるなるという現象が発生し、農作物の成長に欠かせないリン酸が欠乏します。一方、チェルノーゼムが分布している地域は、半乾燥地で、雨はあまり降りません。このため、降雨によるアルカリ分の溶脱も少なく、日本のような土壌改良の必要もないのです。

 チェルノーゼムの成分表を見たら、リンが多いのに驚きます。リン鉱石が採取できるのは地球上でもとても限られた地域になっています。日本は、これを輸入でまかなっています。

 土壌の分類方法は、様々な組織が提唱しているのですが、昔と比べてかなりの変遷があるようです。たとえば、下のような分類方法が一般的に使われてきました。しかし、あまりにも細かいため、地球規模で図示するには、色の区分が人間の目の色識別能力を超え、判別不能になります。近年、アメリカ農商務省が、もっとシンプルな新たな土壌区分を公開しているようです。

ZOBLERの「世界土壌ファイル」土壌大分類のGRID版凡例
   チェルノーゼムの分布(米国農商務省(USDA)の土壌区分。Mollisolsがチェルノーゼムに相当)

ナチスがウクライナから貨車でチェルノーゼムを運搬していたのは本当だった!

 ナチスがウクライナから貨車で土を運搬していた、という話しに戸惑う人も多いようです。この話を知った大抵の人は、ドイツでは当時、家庭菜園が流行してたの? という感想を持つようです。

 『土壌が世界的にも貴重な資源』であることを、世界中の人々が知らないのです。

 この話しの明確な出典が書かれている書籍を探したのですが、なかなか見つかりません。この時代の歴史を書いている人たちの関心は、ナチスの犯罪なので、「土壌」には全く関心がないのです。さらに、土壌についての知識も皆無なのでしょう。

 ネットで探して、やっと見つけたのが、米国アクロン大学の元教授で、ユニオン・カーバイド社のプロジェクト・マネージャーであったヨーゼフ M. バーティ(József M. Berty)氏の自叙伝(’My Explosive Life’)です。

 彼は、ハンガリー、ブダペスト出身で、第二次世界大戦中は、ハンガリーにいて、戦後、アメリカに渡り、アクロン大学の教授を務めました。原子力関係では超有名な学者のようです。

 この自叙伝の72ページに、次の記述があります。

A small note about our “ally” the Nazi army: Germany had very rocky
soil. So while the front was still in Russia, when the logistics trains returned
from supplying the front, instead of coming back half empty, the trains
were loaded with fertile black earth called “Chernozjom” in the Ukraine.
The Nazis even stole the topsoil.

我々の「同盟国」であるナチス軍について少し書いておきます: ドイツは非常に岩の多い土壌でした。だから、前線がまだロシアにあった頃、前線への補給から戻ってきた兵站列車は、半分空っぽになる代わりに、ウクライナにある「チェルノジヨム(チェルノーゼム)」という肥沃な黒土を積み込んだ。ナチスはその表土まで盗んでいった。 

József M. Berty, ‘My Explosive Life’, 2012, p.72

 Google Bookで閲覧可能な71ページから80ページまで読んだのですが、この記述の前後は、彼の体験記が詳細に書かれていることから、この部分もバーティ氏が実際に見たことを書いていると思われます。

 一般にネット上で引用されているこの他の出典としては、以下の書籍等があります。

So too were trainloads of black earth from Ukraine and oil from Romania.

ウクライナの黒土やルーマニアの石油も、列車で運ばれた。

Norman Davies, ‘No Simple Victory: World War II in Europe, 1939-1945’, 2008, p.32

Snyder even fuses Hitler’s food shortage phobia with his policy of Jewish extermination in what Snyder terms ‘ecological fright’ whereby land-grabs and human clearances combined to achieve the same effect – German ascendancy, for which control of the coveted ‘chernozem’, the humus-rich ‘Black Earth’ of Ukraine became a major factor behind the launch of ‘Operation Barbarossa’ in June, 1941. 

スナイダーは、ヒトラーの食糧不足恐怖症とユダヤ人絶滅政策とを融合させ、スナイダーが「エコロジカル・フリー」と呼ぶ、土地収奪と人的整理を組み合わせて同じ効果、すなわちドイツの優位を達成するために、腐植質に富んだウクライナの「黒い土」、チェルノゼムを支配することが、1941年6月の「バルバロッサ作戦」発動の主要因となった。

Digging into ‘Black Earth’ politics, Posted on 09/06/2022 by Marjan

 このような書籍の記述も見かけますが、いずれも出典については記載がありません。出典を示さない執筆者の記述では、どこが根拠ある記述なのか、どこが執筆者の作文なのかが分かりません。

ナチスがウクライナからチェルノーゼムを運搬した理由とは

 ナチスがウクライナからチェルノーゼムを運搬した理由とは何なのでしょうか。

 上の出典で、スナイダーを引用しています。確認したところ、これは、Timothy Snyder, ‘Black Earth: The Holocaust as History and Warning’ のpp.165-166の部分を引用しています。

 スナイダーは、出典を明記せず、既存資料を再構築するという執筆スタイルのようで、彼の文章は、出典を知りたい管理人にとって無価値なのですが、当時の出来事が横断的に整理されているので、当時の状況を知る上で役に立ちます。

 あるFaceBookのコメントには、「1943年だけで800万トン、全体で2500万トンの土が運ばれたと言われていますが、正確な量を示す記録は現存していません。」と書かれています。例により、この数値についての出典はありません。

 仮に、2500万トンのチェルノーゼムがドイツに運ばれ、農地に撒かれたとします。

 撒き厚10cmで土の単位体積重量を1.6とすると、haあたり1600トンの土壌が必要です。実際には、運搬の過程で最低でも30%以上のロスが発生します。これは、どこに行ったのか分からないロスです。不思議なのですが、このロスは必ず発生します。しかも、その量が信じられないくらい膨大なのです。

 計算すると、ウクライナから強奪したチェルノーゼム2500万トンをドイツ国内の農地に10cm厚さで撒いた場合、その対象面積は、約1万haとなります。

 現実には、様々なロスが加わるため、その面積は半分程度でしょう。全ての作業工程でロスが発生します。ウクライナの農地から2500万トンの土壌を掘削したとしても、貨車までの積み込み・運搬ロス、貨車運搬中のロス、到着駅での積み替えのロス、農地までの輸送中のロス、農地に着いてから農地に撒くときのロス、転圧による締め固めロス(10cm厚に撒く際のトラクターやブルドーザー履帯による転圧締め固め)など、少し考えただけでも膨大なロスが発生します。

 日本のアースダムで最大の堤体積を持つのが三重県の中里ダムで、その堤体積は297万m3です。(堤高/堤頂長/堤体積 46m/985m/2970千m3)。

 ここで質問です。ナチスが奪った2500万トンのチェルノーゼムは、中里ダムの堤体積297万m3の何倍でしょうか。

 数学が得意な方は、すぐに、単位の違いに気づくはず。計算には土量換算係数が必要になります。

 チェルノーゼムは腐食を多く含む土壌なので、かなり単位体積重量は小さいと思います。上の計算では1.6という数値を使っていますが、たぶん、腐食の多さから考えて1.4~1.3以下なのではないかと思います。これでは、空気を運んでいると批判されそうです。

 このように見ていくと、ナチスドイツは本当にウクライナのチェルノーゼムをわざわざ運んでドイツの農地に入れようとしたのかという疑問が沸きます。あまりにも効率が悪いからです。むしろ、ウクライナを占領したのなら、そのままで宝物を手に入れたようなもの。それを維持することに注力する方が良いと感じます。

 まあ、芸術家肌のヒトラーのことなので、効率など度外視だったのでしょう。パフォーマンスの一つだったのかも知れません。

 ロシア戦線に武器や兵站を輸送した列車を、空の状態でドイツに戻すのは非効率。このため、ウクライナから肥沃な土壌を運搬したという推測もあると思いますが、管理人は、その説には納得できません。運ぶとしたら、略奪した物資や食料の筈です。しかし、ロシアは、穀物を焼き払い、家畜を殺してドイツに何も渡さないようにした。

 これは、一部の歴史書に書かれていることですが、本当かどうかは分かりません。つじつま合わせの説明のように感じます。このような記述こそ怪しいと感じます。これを主張するには、出典を明示する必要があります。執筆者の都合の良いことだけをつなぎ合わせた記述では説得力がありません。赤軍が撤退するに当たり、穀物を焼くという命令は、いつ発出されたのかという時系列の整理が必要と感じます。

 ここまでで、とりあえず版をアップします。このような内容の記事に皆さんの関心があるのか確認したいと思います。

 管理人の関心は、もし、ウクライナのチェルノーゼムが放射能汚染されたなら、取り返しのつかない事態に陥るということです。福島の農地が放射能汚染から回復できたのは、日本が降水量が多い国だからです。ウクライナは半乾燥地域。それゆえ、土壌の養分が溶脱せずにチェルノーゼムという肥沃な土壌が形成されたわけですが、これが一度、放射能で汚染されると、数百年、数千年の間、作物を生産できなくなります。いや、生産はできますが、それを買う人はいません。ウクライナの農地には、放射能除染に必要な水がまったくないのです。

 メディアの報道姿勢に疑問を感じます。ロシアが核を使う? それは、絶対にあり得ないことです。金の卵を産むガチョウを殺して食べてしまうことと同じだからです。殺したガチョウは、それでおしまい。何のためのウクライナ侵攻なのかが問われることになります。ロシアの為政者は、メディアより土壌のことを知っている。だから、核など絶対に使えないのです。その選択肢はありません。その選択肢があるかのように世論を煽るのがメディア。彼らは、世論をミスリードしています。メディアがやるべきことは、土壌が地球規模の資源であることを世界に流布し、ロシアの核使用の脅しを陳腐化することです。

出典:

1)「ナチスも目をつけた「土の皇帝」、ウクライナのチェルノーゼムが直面する危機」、朝日新聞デジタル、公開日:2019.05.06