以前、アップした『プレ・インカ遺跡で撮影した不思議な写真』という記事。
不思議な写真って、ネット上にたくさん出回っていますが、ほとんどがフェイクか出所不明の写真ばかりです。
でも、上で公開した写真は、管理人が撮影したものなので、出所は確かなものです。撮影場所も撮影日時も正確に分かります。
先日、パソコンの中を探索していたら、この「不思議な写真」の動画版を見つけました。記憶の片隅にも残っていない動画です。写真を撮影したことは覚えているのですが、動画を撮影した記憶はなかったので驚きました。撮影して以降、一度も再生しなかった動画ということです。
カメラで撮影した動画です。ファイルが何本かありましたので、つなげてYoutubeにアップしました。
日本人がまず行くことはない場所で撮影したものなので貴重な映像だと思います。とても不思議な写真と動画なので、是非ご覧ください。高画質版なので、フルスクリーンでお楽しみください。
撮影場所
写真およびビデオを撮影した場所は、ボリビアの(憲法上の)首都スクレ市から車で1時間半ほど西に走ったところにあるトゥンペカ(Tumpeka)という集落の近くです。
ここにはインカ時代より以前の遺跡、プレインカの遺跡があります。
現地に行っても地形が険しいため、自分がどこにいるのか分からなくなることから、GPSを使って位置を計測しました。
プレインカの遺跡『Inka Machay』で計測した座標をGoogle Earthで表示したものが下の画像です。この位置で写真を撮影しました。その下の白い矢印「Mysterious Rock」の位置が、今回の奇岩(Mysterious Rock)の場所になります。その座標は下のようになります。
Mysterious Rock座標: 18°57’23.19″S 65°25’33.53″W
撮影状況
この写真は、偶然撮影したと思っていたのですが、動画もあるので、意識的に撮影したもののようです。よく覚えていません。この遺跡Inka Machayには二度行っています。たぶん、一度目に偶然、奇妙なものが写真に写っていたので、二度目にはしっかり撮影したのではないかと思うのですが、何しろ覚えていないので何とも言えません。
インカ・マチャイの謎の岩絵
動画の後半にでてくるのがインカ・マチャイ(Inka Machay)の岩絵です。とても魅力的なデザインで気に入っています。
誰がこの岩絵を残したのかは分かっていません。インカ時代より以前の記録は残されていないのです。
Luis F. Ticonipa氏の描いたクロッキーが残されています。この岩絵は、いったい何を描いたものなのでしょうか。
興味を引くのは、真ん中を境にして、左右の人間の描き方が異なっていること。つまり、異なる部族を描いているように見えます。では、戦争か? しかし、弓矢を持っているのは一番右側に描かれている1人だけ。どうも戦争の場面ではないようです。
人間のラインで下に突き抜けている絵と突き抜けていない絵があります。これは性別を表したものでしょう。そうだとすると、右側は圧倒的に女性が多い。王さまの婚姻の場面なのかもしれません。
シンプルな絵ですが、とても魅力的で、そして、暗示的でもあります。見る人に訴えかけるような迫力があります。「こんなに、はっきりと区別して描いているのにおまえは何が描いてあるのか理解できないというのか」と叱られるような気がします。一つ一つの絵が意味を持っている、そんな規則性のある描き方です。
真ん中の猫のような絵が特徴的で、このデザインがスクレのお土産などにも使われています。
ワニの形をした巨大な奇岩
このインカ・マチャイ遺跡から見下ろした場所にある奇岩。この遺跡まで登る道沿いにあります。しかし、歩いていても気がつかない。というか、それどころではないという感じです。この地点の標高は3400m以上あり、息苦しい。
この遺跡は、トレッキングコースになっています。Google Earthに画像を貼り付けている方もいます。でも、貼り付け位置が間違っている。現地ではGPSがない限り場所を地形から特定するのはとても難しいです。動画を見て分かるように地形が急峻で、沢を1本間違えたためにもう一度登り直しということになります(実際、そんな羽目に陥りました)。
トレッキングコースは、上の方から降りてくるルートなので、問題の岩は通りません。管理人は、下から上るコースをとったので、この大岩の脇を通過しました。
この岩はとても大きく、登山道に迫るようにそびえています。登山道からはワニの形には見えません。
不可解な蓋石
動画の中で割れた岩が乗っているシーンがあります。この岩もとても不思議です。土台となっている岩の上部は明らかに水で浸食されています。しかし、蓋のような大岩で覆われているため、この部分が水で大きく浸食されるはずがありません。それに、スクレの降水量は年間600mm程度と小雨です。これほどの水食の痕跡がどのようにできたのか、全く謎です。
さらに、蓋のような大岩の下部底面は、まるでナイフで切り取ったように滑らかです。自然に割れたとしても下の岩と切り口がまったく合致しません。誰かがこの蓋岩を土台の岩に乗せたとしか思えないのです。
プレインカ、恐るべし!
最後のシーンに出てくる男性は?
動画の最後のシーンで出てくる男性は、Tumpeka集落の方で、この遺跡の管理を任されており、我々の道案内をしてくれました。どんな険しい地形でもものともせずによじ登る忍者のような人です。
プレ・インカ時代の『インカ・マチャイ(Inka Machay)』の近くに『プーマ・マチャイ(Puma Machay)』という別の遺跡があり、きれいな岩絵が残されています。地図上では両者は近いのですが、地形が険しく30分くらい登ることになります。プーマ・マチャイはきれいな彩色画の岩絵があることで有名です。
高地ボリビアの住民は、われわれ日本人とはかけ離れた特性を持っています。その特徴は持久力。短い区間の山登りなら体力のある日本人なら彼らに負けないと思います。しかし、それが、1時間、2時間・・・10時間も続くとしたらどうでしょうか。彼らのことを管理人が「忍者のようだ」と思うのは、この点にあります。
関連記事
インカ・マチャイやプーマ・マチャイについては、別の記事で詳しく紹介しているので、興味のある方は関連記事をご覧ください。
- 『プレ・インカ遺跡で撮影した不思議な写真』
- 『スクレのプレインカの遺跡で不思議発見!』
- 『スクレの幻のインカの岩絵(INCA MACHAY)』
- 『プレ・インカ時代の岩絵 プーマ・マチャイ:Google Earth対応』
【補足説明】
インカについて、この記事では”Inka”と表記しています。”Inca”の間違いでは? と思われた方もいると思いますが、管理人はあえて”c”ではなく”k”を使っています。現地の大学の先生に聞いたらどちらでも間違いではないのだそうです。管理人が”k”を使う理由は、ケチュア語(Quechuan, runa simi)の単語には”k”が非常に多く使われているから。やはり、インカは”Inka”と表記する方が管理人の好みに合います。
岩絵については、前述の通り全く記録がないため、いつの時代のものなのか、何の目的で描かれたのかなど一切分かっていません。しかし、推測は可能です。
南米の岩絵は、古いものだと1万年以上前のものが見つかっています。パタゴニアの洞窟で見つかった岩絵は8000年前のものであることが確認されています。
このような岩絵は、宗教行事の一環として描かれ、それが描かれる場所はインディオ集落にとって神聖な場所であったと推測できます。
Source: SIARB, Bolivia & Nekoshi
岩絵は、ペイントで描かれたものや、岩を穿って描かれたものなど様々ですが、インカ・マチャイ周辺の岩絵は顔料を使って描かれています。また、一部は、線刻画になっているものもあります。
何が描かれているのか。一般には、そこのインディオ部族の「歴史」であると考えられています。
出典:ボリビア岩絵研究基金(Fundación de la Sociedad de Investigación del Arte Rupestre de Bolivia: SIARB)