Uボートで米国に上陸したナチス・ドイツ最後のスパイ

古代の謎・歴史ヒストリー

 第二次世界大戦末期の1944年11月、ナチス・ドイツのUボートで米国メイン州バンゴー付近、フレンチマン湾から上陸し、その後、ボストンを経てニューヨークに移動し、5週間にわたり決死の情報収集活動をしていた諜報員がいました。ナチス・ドイツのスパイです。

 図書館でたまたま見つけた本「Uボートで来たスパイ ―あるナチス・ドイツ諜報員の回想―」。著者はエーリヒ・ギンペル(Erich Gimpel)。

 本の著者ギンペルは、ナチス・ドイツの諜報員として、米国の原子爆弾の開発状況を探るために、Uボートで米国東海岸に行き、無事上陸を果たします。5週間後にニューヨークでFBIに逮捕され、裁判で死刑判決を受けます。そして、死刑執行直前、ルーズベルト大統領の急死により死刑執行が延期されます。まさに、奇跡です。その後、10年間の長い投獄生活がはじまります。

 この本は、諜報員としてペルーに赴任するところから仮釈放後ドイツに送還されるところまでの体験談が綴られています。

 映画などのスパイは、連合国側のスパイが主役ですが、このナチス・ドイツのスパイのノンフィクションは、フィクション以上の迫力があり、惹きつけられます。

 われわれは、ナチス・ドイツについて何を知っているのでしょう。知っている知識は皆、連合国側の著者が書いたものばかり。つまり、外から見た、聞いた、又聞きの情報ばかりです。

 この本には、ナチス・ドイツのスパイ養成所、Uボートの中の生活、米国に潜入してからの活動などが、自分の経験として、まるでサスペンス小説のように書かれています。

 正体がばれ捕まれば間違いなく死刑になるという極限状態の中で、多くの困難を乗り越え、任務を遂行していく。その心理状況の記述は迫力があります。ちょっとしたミスが命取りになります。

 この本を読んで、スパイの行動、スパイの心理、ナチス・ドイツのスパイの実態、米国の刑務所内の状況、死刑囚の心理、囚人の心理などいろいろなことを知りました。

 死刑囚の心理状態など、通常は分かりません。誰かが聞き取って、それを出版している場合もありますが、それを読んでも、たぶん、本当は違うんじゃないか、と思ってしまいます。本人ではない人の書いた文章は、行間の意味は皆無です。しかし本人が書いた文章であれば、行間、つまり、文字として書いてはいないけれど、本当はこうなんだ、あるいは、本当は違うんだ、という思いを込めることができます。

 面白かったのは、ナチス・ドイツの認識が変わったこと。ナチス・ドイツの人たちは、何となく日本の憲兵隊のようなイメージだったのですが、この本を読んで変わりました。また、米国のイメージも変わりました。やはり、米国はしっかりしている国だと感じました。当時の日本ならどうだったのか。

 ギンペルは、狂信的ナチス党員ではありません。しかし、ドイツという国を守るため、アメリカ側にすでに知られてしまっていること以外は、ほとんど情報を漏らさなかったといいます。

 どこかの新聞社と大違いです。軍部・国粋主義者の圧力に「廃刊」という選択肢があったのにそれもやらず、国民を戦争に駆り立てるという最も卑劣な戦争協力をしておきながら、全て他人のせいにして言い訳ばかり。この本の中に、米国人でありながらナチスのスパイとしてギンペルと共に米国に上陸し、捕まり、その証言によりギンペルが逮捕されることになった飲んだくれのビリー・コールポーという男がいます。どこかの新聞社とビリーが重なって見えるのは管理人だけでしょうか。

【書 籍】
Uボートで来たスパイ ―あるナチス・ドイツ諜報員の回想―
エーリヒ・ギンペル著 村田綾子訳  扶桑社 2006
【目 次】
1.スパイへの道
2.タキシードを着た戦士
3.ドイツでのスパイ訓練
4.スペイン 最初の任務
5.パナマ運河爆破計画
6.恐怖への旅立ち
7.潜水艦でアメリカへ
8.アメリカ上陸
9.ニューヨーク
10.危機を切り抜ける
11.FBIの訪問
12.愛、そして逮捕
13.スパイに対する尋問
14.絞首台の影
15.死刑宣告
16.死刑執行人の訪問
17.ドイツの降伏
18.アルカトラズでの日々
19.最後の解放
訳者あとがき

 エーリヒ・ギンペルは1955年にドイツへの送還後、直ぐに、この本を執筆しています。数十年経ってから書いたものではなく、記憶が鮮明時に書いたものです。

 翌1956年、ドイツで映画化されます。しかし、本が出版されるのは、その翌年1957年です。本のタイトルは、『Spion Fur Deutschland (Spy For Germany)』です。「Uボートで来たスパイ」という日本語タイトルを見ると、少し悲しくなります。ギンペルの自伝なのに、「来た」などと誰の目線でタイトルを付けているのだろうか?

 エーリヒ・ギンペルは南米に移住し、2010年、ブラジル、サンパウロで、100年間の数奇な人生を終えました。
(死亡年は諸説あるが、英語版Wikipedia参照)