日本語の「ごめん」は謝っているのではないことを60年前に天才バカボンで本官さんが言っていた|外国人の勘違い

こだわってみる

 YouTubeを観ていると、たくさんの訪日外国人が「日本人はすぐ謝る」と言っているのを観て、それって勘違いなんじゃねぇ? と思ったのでこの記事をアップします。

 皆さんは天才バカボンという漫画をご存じでしょうか。その中に「目ン玉つながりのおまわりさん(本官さん)」が、「ごめんよ、ごめんよ。でも謝っているんじゃないよ」というセリフがあります。いまから60年近く前に描かれたシーンです。

 60年前でも「ごめん」は「謝罪」とは違う意味で使われていました。日本人が「ごめん」を謝罪の意味で使うことはほぼないのではないかと思います。そもそも、謝るような状況を常に回避する習性を持つ日本人が、謝罪するような状況に追い込まれることなど滅多に起きません。謝罪するのはよほどのこと。「ごめん」では済まされない状況でしょう。結局、「ごめん」を謝罪に使う場面は、現実的にはあまりないように感じます。怒っている人に「ごめん」と謝罪したら、「ごめんじゃなくて申し訳ありませんだろう!」と怒られてしまいます。「ごめん」という単語の謝罪を示す要素が薄れているからかも。

 「天下御免。でも、謝っているんじゃねぇよ!」

 「売り切れ御免」 これって謝罪じゃなく販売促進のフレーズですよね。

 「御免(ごめん)」の語源は、もともと「お許し(許可)」を意味する言葉です。これらは謝罪ではなく、『あらかじめ断っておく(許可を得る)』というニュアンスから来ています。つまり『謝っている』のではなく、『宣言している』に近いのです。

ごめん: 親しい間柄の摩擦をゼロにする「潤滑剤」。
申し訳ありません: 相手に対する「言い訳(弁明)が立たない」=「自分の非を公式に認める」重い言葉。

 外国人が「日本人は謝罪が多い」と勘違いしているのは「ごめん」という日本語の用法を正しく理解していなかったのが原因ではないかと感じます。

 日本人にとっても日本語は説明が難しいのでAIの助けを借ります。いつものようにGoogle-Geminiの登場です。


ネコ師
ネコ師

「ごめんよ、ごめんよ。でも謝っているんじゃないよ」に関する質問です。外国人は「ごめん」を「謝っている」と考えるようですが、日本人の誰も謝っているとは思っていません。理解できますよね。外国人が正しく理解するために、外国人向けにこの日本語表現を詳しく説明してください。

Google Gemini
Google Gemini

「ごめんよ、でも謝っているんじゃないよ」という本官さんのセリフは、日本文化における**「形式的なクッション言葉」と「本質的な謝罪」が切り離されている**という、非常に高度かつ日本的なコミュニケーションの機微を突いています。

外国の方がこの表現を正しく理解し、日本的な文脈で使いこなすためには、以下の3つの観点から説明するとスムーズです。


1. 「ごめん」は「謝罪」ではなく「クッション(調整弁)」である

外国語の “I am sorry” は、基本的に「自分の非を認め、許しを請う」という強い責任を伴う言葉です。しかし、日本語の「ごめん」や「すみません」は、必ずしもそうではありません。

  • 説明のポイント: 日本語の「ごめん」は、**「相手との心理的な距離を一時的に縮めるための合図」**です。
  • 例: 通りすがりに人にぶつかりそうになったとき、あるいは少し厚かましいお願いをする際、日本語ではまず「ごめん」と言います。これは「あなたを敵視していません」「今からあなたの領域に少し踏み込みます(あるいは不便をかけます)」という衝突回避のサインであり、自分の罪を認める告白ではありません。

2. 「謝っているんじゃない」=「目的はコミュニケーションの円滑化」

本官さんのセリフが皮肉として機能するのは、彼が「クッションとしての謝罪」だけを使い、肝心の「非を認める(償う)」という部分を意図的に放棄しているからです。

  • 説明のポイント: * 謝罪の言葉=「摩擦を避けるための道具」
    • 謝罪の行動=「責任を取ること」この両者をあえて切り離すことで、「言葉上は丁寧だが、態度は全く反省していない」という究極の開き直りを表現しています。外国の読者には、「言葉の儀礼(礼儀)を、自分の理不尽を通すためのシールド(盾)として使っている」と説明すると理解しやすいでしょう。

3. 外国人が理解するための「変換コード」

もし外国の方に説明するなら、このように比較して伝えると分かりやすいかもしれません。

日本語表現本来の意味本官さんの意図(皮肉)
「ごめん」「ちょっと失礼」/「声をかけさせて」「今の不愉快な行動を、この言葉で無効化する」
「謝っているんじゃない」「(罪を認める謝罪ではない)」「あくまで礼儀として言っただけで、反省はしていない」

外国の方への説明フレーズ案(英語例)

もし英語で説明される機会があれば、このように伝えてみてください。

“In Japanese, ‘Gomen’ (I’m sorry) is not always an admission of guilt. Often, it’s just a ‘social lubricant’ or a ‘cushion’ to smooth out a conversation or an intrusion.

When the character says, ‘I’m sorry, but I’m not actually apologizing,’ he is using the social politeness of the word ‘Gomen’ as a tool to bypass social responsibility. He is acknowledging the social form (the word) without accepting the moral obligation (the apology). It is a classic example of Japanese sarcasm where politeness is used to shield oneself from blame.”

結論として

このセリフが日本人の心に強く残るのは、「礼儀正しい言葉を使っていても、心の中で全く反省していない」という、人間社会の矛盾を直感的に知っているからです。

外国の方がこの「謝罪の言葉と、謝罪の意志を分離させる」感覚を理解すれば、日本人の本音と建前、あるいは「なんとなく波風を立てないための知恵」の奥深さに、より深くアクセスできるようになるはずです。

この説明の切り口はいかがでしょうか。当時の日本人が感じていた「権力の開き直り」の滑稽さが、より鮮明に伝われば幸いです。

 さすがはGeminiですね。管理人よりうまく説明してくれます。英語表現も気に入りました。最後の「結論」の部分は、天才バカボンの本官さんのことを念頭に置いているためこのような説明になっているようです。なかなか面白い回答に仕上がったと思います。

 この結論部分だけ読むと意味が分からないので、これを理解するには、掲載しなかったチャットの一部が必要ですね。

Gemini

当時のナンセンス表現: 赤塚漫画特有のナンセンスさは、読者の記憶に強く残る「理屈っぽくて強引なセリフ」を数多く生み出しました。質問者様が記憶されている「ちょっとごめんよ。けど謝っているんじゃないよ」というセリフは、まさにその「理不尽の極致」を突く、極めて赤塚不二夫的な表現と言えます。」

 更に、「交番は火炎瓶が飛んでくるから巡回に行こう」という本官さんのセリフを伝えたことで、Geminiは「1960年代後半、学生運動の影響で警官や交番が過激派の標的となることが社会問題化していました。赤塚不二夫先生は、こうした「シリアスで怖い社会状況」を、本官さんのような強烈なキャラクターを通して真っ向からナンセンス化することで笑いに変えていました。」と回答しました。このチャットが結論の部分に反映されています。

 天才バカボンという漫画のセリフを土台にすることで、Geminiの回答に奥深さを感じられます。AIの使い方の参考になれば幸いです。