孝明天皇の御写真を復元する

画像編

孝明天皇(1831年7月22日〈天保2年6月14日〉- 1867年1月30日〈慶応2年12月25日〉)。第121代天皇(在位:1846年3月10日〈弘化3年2月13日〉‐ 1867年1月30日〈慶応2年12月25日〉)。

 管理人の感覚としては、孝明天皇は皇女和宮のお兄さんです。

 孝明天皇はどんなお顔だったのか。写真にしてみました。何となく、息子の明治天皇に似ているように思います。ということは、この写真は孝明天皇の御写真に近いのかも。

孝明天皇 超高画質肖像

孝明天皇は妹の和宮に、「家茂との結婚がいやなら尼寺に入り尼になれ!」と言い放った悪いお兄ちゃんです。かわいそうな和宮は泣く泣く降嫁することになります。

もし、家茂との婚姻が破談になっていれば、許嫁の有栖川宮熾仁親王(明治の皇位継承権第一位)と結婚し、和宮の産んだ子供が今の天皇になっていたかも。

謎の多い孝明天皇の死。天然痘説もあれば暗殺説もあります。

孝明天皇が崩御されたのが1867年1月30日〈慶応2年12月25日〉。その息子である明治天皇は1867年2月13日(慶応3年1月9日)、満14歳で践祚しました。

ところで、明治時代はいつならなのでしょうか。調べてみると、明治元年は、1868年1月25日から12月31日とされています。ということは、明治天皇が天皇になられたのは慶応年間。明治はその翌年ということのようです。

明治天皇の在位期間を考えれば、明治は45年ではなく、46年が正しいのかも知れません。

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