フェルメールの絵画の新作の贋作:美術界騒然!!

すてきな写真

 フェルメールの絵画の中に、「夫人と召使」と「手紙を書く女」という二つの作品があります。

 この二枚は、同じ衣装を着た女性が描かれていますが、お顔をよく見ると別人のようにも見えます。「夫人と召使」の方はとても美人ですが、「手紙を書く女」の方はそれなりという感じがします。見れば見るほど二人は別人です。

 この絵画の背景は同じ場所のようです。机の上に箪笥を小さくした手文庫のようなものが両方の絵に描かれています。

 この二枚の絵は色調が大きく異なるため、全く別の絵のように見えます。しかし、これって、もともとは一枚の絵だったのではないでしょうか。

フェルメール「夫人と召使」と「手紙を書く女」の対比

 この二人の女性は、双子の姉妹。おそろいの衣装を身につけています。二人はテーブルに向かい合って座り、一人は手紙を書き、もう一人はメイドから手紙を受け取っている。

フェルメール「夫人と召使」と「手紙を書く女」顔のアップ

同じ衣装を着ているけれど明らかに別人

 こんな妄想から、下の画像を作ってみました。全く違和感がないのでは? フェルメールの新作、題して『恋文を代筆する妹と返信を召使いから受け取る姉の双子姉妹』です。

フェルメール新作

 いかがでしょうか。どちらもフェルメールの絵なので、二枚を一枚にしても違和感を感じないと思います。そして、色調を統一することで、さらに一体感がでていると思います。

 二枚の絵が描かれたのは、「手紙を書く女」が1665年頃で、「夫人と召使」が1666年 – 1667年とされているようです。

 フェルメールは貧しかったため、モデルは家族などを使ったようですが、その中に双子の姉妹はいなかったのでしょうか。

 フェルメールには15人の子供が生まれた(4人は夭折)。これっていくら何でも多すぎる。やはり、双子がいたのではないでしょうか。

 この合成作業をしていて感じたのは、もともとこの絵が正しい構図だったのではないかと言うことでした。不思議なのですが、テーブルクロスのシワや手文庫など、まるで今回の作業を待っていたかのようにピッタリとフィットします。

 フェルメールの未発見の絵画が見つかる! 本物だけど贋作! 贋作だけど本物!

 フェルメールは贋作が多いことで知られています。ハン・ファン・メーヘレンが描いたフェルメールの贋作『「エマオの晩餐(1936年)」』が有名です。

メーヘレンの贋作「エマオの晩餐(1936年)」

 贋作に欺されると言うことは、欺された方が悪いという気がします。絵そのものの出来映え・価値ではなく、欲に目がくらみ、作者の名前で購入してしまったと言うことでしょう。

 フェルメールの作品は、一部のコレクターが収蔵しているものが多いため、一般には公開されていないものが数多いのだとか。このため、本来は連作として描かれたものが個別の絵として扱われ、収蔵されているということもあり得ると思います。

フェルメールの『少女』は不気味に見える

 フェルメールの代表作に『少女』という絵画があります。これを見て、何となく嫌悪感に似たものを感じた人がいると思います。あまり長くは見ていたくはない絵です。


 Photo: Wikipedia

 なぜそのような感情が湧くのか。

 この絵が少し不気味な印象を与えている原因の一つが、眉が描かれていないこと。いや、一応描かれてはいるのだけれど、薄くて消えかかっている。

 フェルメールが描いたときは、こんな不気味な少女だったわけではなく、見るからにかわいい少女を描いたはずです。そうでなければ絵が売れません。

 この絵を不気味にしているもう一つの原因は、顔の前の部分の髪の毛が背景に溶け込んで見分けが付かないこと。これにより、顔の肌の部分だけが浮かび上がり、不気味さをアップしています。

 そこで、フェルメールが描いた当時の絵がどんなものだったのか復元してみます。

 眉毛やまつげは、絵を洗浄したり修復したりする過程で真っ先に消えてしまう部分です。これを追加しましょう。

 本来、顔の前の部分に髪の毛が見えるはずです。これも復元します。ブルーチャンネルで補正するとこの部分の輪郭が現れます。

 そしてできあがったのが下の画像です。かわいらしい少女になりました。

フェルメールの「少女」を復元

 絵自体を修正しているわけではないのに、受ける印象が全く違います。

 フェルメールが描いたときと絵の状態が大きく変わっているのに、それを鑑賞して批評するというのもおかしなことだと思います。

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